車掌が走って電車に追いつく

『お客さん、お客さん』
『・・・へぇ』
『周りのお客様のご迷惑になりますので、座席に横になるのはご遠慮ください』
『周りのお客さんって、お前、いいじゃねーか、空いてるんだし』
『そういう問題じゃないんです。車内マナーにご協力をお願いします』
『っせーな。分かったよ』

車掌室に戻ろうとする車掌。
が、しかし。

ガチっ

『あれ、あれ?』

ガチガチっ

『やだ、開かない』

開き直って、車内に佇む車掌。

『なんだよ、まだ文句あんのかよ』
『いえ』
『じゃー、なんだよ。巣に帰れよ』
『帰れないからここにいるんだ』
『あ?』
『見事に鍵が閉まっているんだ』
『馬鹿じゃねーの』
『元はと言えばあんたのせいだ』
『なんだと?』
『次はー、東中神!東中頭です!お出口右側ですっ!東中神を出ますと、次は西立川に停まります!』
『うるせーよ!』

最後尾から数えて2両目の車両のカップル。

『ねー、なんか変な人が叫んでるよ』
『いるだろ、たまに、あーいうの』
『でも、ちゃんと制服着てる』
『マニアだよ』

列車、東中神駅に到着。
車掌、非常用コックを使って車両ドアを開け、ホームに。
車掌、コックを戻してドアを閉める。

『ったく。なんだよ、あの酔っぱらい』

すると、動き出す列車。

『はい、出発進行ー・・・、って、おい!』

列車を追いかける車掌。

『待て!待つんだ!俺を忘れてますから!』

走る車掌をホームで見つめるカップル。

『あの人、すごい走ってる。すごい必死』
『ん?遠距離恋愛とかじゃねーの?』
『でもほら、なんか制服着てるよ?』
『マニアだよ』

色々無理だと悟り、ホームの駅員に詰め寄る車掌。

『今出た電車の車掌です!』
『あー、おはようござ、・・・え?』
『おはようございますどころの騒ぎじゃないんだ!』
『ど、どういうことですか』
『説明している時間は無い!今の電車の運転席に無線で西立川で待っているように伝えてください!』
『はい!』
『私、今から走るんだから!』

駆け出す車掌。

しばらく後、最後車両の父子の会話。

『パパー、ポケモンスタンプラリー、楽しみだね』
『パパは別に楽しみでもなんでもないよ』
『ちぇー。あれ、パパ?』
『なんだ?』
『ほら、あれ、すごい走ってる人がいる。なんか、もう、すごい走ってる』
『あー、ほんとだ。元気な人だな』
『なんかすごいこっちを見てる』
『よっぽど電車が好きなんだろ・・・あれ?』
『どしたの?』
『ヒロシ、あれさ、さっきまでそこに立ってた車掌さんじゃないか?』
『えー、そんなわけないよー』
『ちょっとヒロシ、車掌室見てきてごらん』

車掌室を見に行くヒロシ

『お父さん!』
『どうだった?』
『いねぇ!さっきの車掌がいねぇよ!』

運転席に無線が入る。

『こちら東中神駅です』
『はい』
『えー、落ち着いて聞いてください』
『なんですか』
東中神で車掌が置き去りにされました』
『あんだって!?』
『今、車掌が電車を猛追していますので、西立川に到着したら、しばらく停車してください』
『って、もう着くよ』

ヒロシ、車窓に張り付く。

『頑張れ!車掌!』

車掌

『ハァ、ハァ』

電車、西立川の駅に到着。
車内アナウンスをする運転手。

『えー、運転手の枕木です。本日も青梅線をご利用くださいまして、ありがとうございます。電車は西立川に到着しておりますが、ちょっと車掌が留守にしておりまして扉が開きません。突然の事で私も若干戸惑っております。なお、現在車掌がこちらに向かっているとのことですので、お急ぎのところ大変申し訳ございませんが、今しばらくお待ちください』

ざわつく車内。

車掌、ゴール。
ホームに駆け上がる。
車掌室の扉を開ける。

『ハァ、ハァ、お待たせしま、ハァ、した。ご迷惑をおかけして、ごふっ、大変、申し訳ございますん、ハァ、せんでした。西立川、西、ハァ、立川。ドアが開きます。私は忘れられましたが、お忘れ物の無いようにご注意、ハァ、ください』

乗客のひとり

『誰がうまいことを言えと』

車掌

『ドアが閉まります。ご注意ください。今度は私も乗っています』

ヒロシ、車掌室に詰め寄り、窓を叩く。
かなりしつこく叩く。
車掌、扉を開く。

『車掌さん』
『どうしたんだい、僕』
『最高の夏休みの思い出ができました。ありがとう!』
『僕・・・』

涙ぐむ、車掌。
ふと、見ると、先程の酔っぱらいがまた横になって寝ている。
車掌、今度は鍵をしっかり握って、酔っぱらいの元へ。

『てめぇ!起きろっつてんだろうがぁぁぁぁぁ!』




車掌が走って電車に追いつく
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