こんな時代だから中国人

息子を歯医者に連れて行っているの。

今日は俺が行ったんだけど、若太りの先生と、その助手なのか仲良くなってやってもいいよ?って思う女の看護士さん、これはいつもの2人なんだけど、今日はそこに別の男性が1人立ってた。で、特にその彼の存在に関する説明はなく診察が始まったんだけど、そうしたらその彼は持ってる書類に無言で何かを書き込みを始めたの。

大学病院の歯科だからそれなりに大きいところで、俺はきっとこの小児歯科の機能チェックというか、正常に診療が行われているかを監査するような男なのかと思ってさ。年齢も30前後だし、研修医って感じではなくそれなりに風格もあって、デスクにあった息子のカルテとかも勝手にめくってたしね。

息子は今、上の前歯が1本死にかけてて、その色素をチェックしてるのね。正常な歯と死にかけの歯の白さの違いを見て進行が進んでいるのか戻ってきてるのかを検査するんだけど、先端を歯の表面に当てると白さが数値となって分かる大きめな体温計みたいなのがあってそれを使ってるの。

ところが今日はそれが1本目の歯の白さを測ってる途中で充電が切れちゃって、他に同様の機械がないのか先生が、
『すみません、10分だけ充電させてください』
って言って、それを充電器に差し込んでどこかに行っちゃった。俺と息子だけ残されたんだけど俺の左後ろに謎の彼がいる気配は感じていて、監査とかするための人だったら他の患者のところいけばいいはずだし、いよいよこの彼の存在が気になり出してきて、もしかしたらやっぱり研修医なのかなとか思ったりもしてきて、とにかく無言で背後に立っていて、こっちはこっちで息子と一緒に大きくお口を開ける練習をしたり、大きくお口を開けて手を叩いて遊んだりしていたら、謎の彼が
『ふははは』
って笑ったの。おい、笑ったよ、こいつ、って息子に、笑われちゃったねー、とか言ってたら、いきなり謎の彼が、

『そこで点滅している光を見なさい』

って言い出したの。

後ろからいきなり命令されたから俺状況を把握できずに一瞬思考がストップしちゃったんだけど、話し方から、中国人の研修医なんだってことに気付いて、点滅している光っていうのは充電器のライトで、この人は俺ら親子に向かって、その光を見るように言っているんだと理解して息子に、

『ほらー、あそこのピカピカ見てごらん』

って言ったんだけど、そしたらその中国人が、

『そう、ピカピカです。あのピカピカが終わったら、先生は戻ってくるから待ちなさい』

って。

この人はピカピカって言葉が出てこないで、3歳児に向かって点滅って言葉を使ったんだな、って考えたらすごい面白くなってしまって、中国人続けて、多分ニュアンス的には

『お父さん、ごめんなさい。お父さんに話しかけてるのではなくて、お子さんが退屈しないように話しかけているのですが、私はまだ日本語が堪能ではないので、こういうしゃべり方しかできないんです』

って言いたかったんだろうけど、口から出てきた言葉は、


『お父さん、失礼な言葉遣いはこの子に対してです』


もうさ、俺、笑いを噛み殺すのに必死よ。 で、なかなか先生が戻ってこなくて、まだかなまだかなって、これも催促するではなく、学研のおばさんを待ち望んでる風に言ってたら、また後ろから彼が、

『そろそろ探してみます』

って。いや、いちいち面白いんだ、彼。 診察が終わると、ご褒美にシールが貰えるんだけど、

『カワハラ君は今日はシールをもらったか』

3歳児に対して苗字で語りかけるって何文化よと思ったんだけど、でも彼にはありのままでいて欲しいと思って、

『今日はまだだよねー』

って息子の手を繋ぎながら言ったら、今度は

『こっちへきなさい』

シールのある方に行ったら行ったで、

『カワハラ君、ここから1枚、好きなの取りなさい』

息子はてんとう虫のシールを選んだんだけど、最後にまた、

『今日はその虫でいいのか』



俺、ずっと太ももつねってた。